REPORT_07 唯一の能登上布織元 山崎麻織物工房
今回は、能登上布の唯一の織元である山崎麻織物工房さんの紹介をさせていただきます。
私の勤める金沢美術工芸大学から、車で1時間程の場所にあり、学生を連れて見学させていただいたり、卒業生もお世話になっており、何度かお邪魔をさせていただいている工房です。何度訪れても、長い工程と精緻で正確な仕事に見入り、感嘆してしまいます。
ここ山崎麻織物工房で織られた能登上布は、金沢市、金沢美術工芸大学が行っている収集事業「平成の百工比照」(注1)にもコレクションされており、多くの織物をご提供いただきました。
上布とは
日本には上布(じょうふ)という布が各地で織られています。上布とは夏用の上質な麻織物を言い、代表的な上布の産地としては、近江上布、越後上布、宮古上布、八重山上布、そして能登半島中ほどの内陸側を産地とする能登上布などが挙げられます。上布は主に苧麻で織られているものをいい、国内で苧麻を上布用に栽培している産地は少なく、上質な苧麻を比較的多く栽培している産地は福島県の昭和村などが挙げられます。今回紹介させていただく能登上布は、主に京都の糸問屋から仕入れるラミー糸を使用しているそうです。
能登上布の起源
能登上布の起源は、約2000年前に崇神天皇の皇女・沼名木入比賣命が中能登に滞在した際に野生の真麻で糸を作り機織りを教えたことであるとされており、江戸時代に技術向上を続け発展、明治時代には皇室の献上品に選ばれるようになりました。昭和初期の最盛期は織元の数が120軒以上もありましたが、現在は山崎麻織物工房が能登上布唯一の織元になりました。そして現在では、石川県指定無形文化財であり、県の稀少伝統的工芸品となっています。
能登上布の特徴
能登上布の特徴は、透け感・光沢感・張り感・軽さであり、美しい苧麻の素材感が特色です。また、緻密な絣柄が特徴であり、複雑な経緯絣が得意です。伝統的な代表な柄としては、「蚊絣」「亀甲絣」「十文字絣」と呼ばれる紋様絣で、これらの絣模様は、他の上布の産地では見られない「櫛押し捺染」や「ロール捺染」という特有の絣染め技術によります。能登上布の上質な質感や、精緻な意匠は、気の遠くなるような手仕事の積み重ねから生まれます。
苧麻の特徴として、リネン(亜麻)より涼しくシャリ感や吸湿性に優れています。したがって能登上布の夏着物は、浴衣より涼しく爽やかで軽やかです。また、紡績糸使用により何十年も愛用できる丈夫さと自宅で洗え、メンテナンス性にも優れ、洗いを重ねる度にしなやかになり、経年変化を楽しみながら長く使うことができます。
能登上布が生まれる環境
能登上布は、能登の自然環境だからこそ生まれた織物と言えます。能登の冬は曇りや雨、雪が多く、長く続くためとても厳しい環境です。そのような環境に暮らす能登の人々はひたむきで我慢強く、その気質が能登上布の繊細で根気のいる工程を支えてきました。山崎麻織物工房の周辺は豊かな自然に囲まれ、ゆったりとした時間感覚の中で織物制作が行われています。
現在山崎麻織物工房では、能登上布に魅せられ上布を作りたいと情熱を持った若者たちが県内外から集まり、17名の職人や織子がいます。熟練の職人たちの熱意と、職人一人一人の丁寧で緻密な手仕事に支えられ、凛として素朴な魅力がある上質な能登上布が完成します。
制作工程
能登上布の着物一反(着物一着分)が出来上がるまでに、蚊絣総柄の場合染めを含む準備作業で1ヶ月、織り上がるのに1ヶ月と計2ヶ月以上かかります。工房では原糸購入後の全工程を手作業で進めているので、川下の工程に影響が出ないよう職人たちが常に神経を集中してものづくりを行っています。
絣柄は100近くの工程から成り、絣を生み出す技術として一般的な絣括りと違い、能登独自の櫛押捺染やロール捺染が生み出す染めにじみの少ない緻密で凛とした絣柄が見所です。
特色ある工程
「木型印」
図案を基に彫られたタテ糸またはヨコ糸の木型(イチョウ製)、別名「さし」の凹凸面に紫色の染料を塗り、絣糸が巻かれた板の上下に張った紙テープに木型模様を写し取ります。この印が、絣として染める位置を示します。
「櫛押し捺染」
絣の染める幅によって太さが異なる櫛型の染付道具と定規を使い、木型印に沿って糸の全周に化学染料を直接刷り込むようにして、精緻な絣模様を付けます。この技法を使うことで、細かい絣模様も均一に糸に染めることができるのです。一般的に行われる絣括りからつくられる絣柄と違い、染めにじみの少ないくっきりとした経緯(タテヨコ)絣をつくることができます。
「ロール捺染」
能登上布独特の伝統技法。凹凸の溝が彫られたロールに、化学染料を付け、ガイドに沿ってロールを転がして糸を染めます。その後、糸を裏返して、同じ位置に模様がくるように調整して、糸の裏面も染めます。絣の幅・間隔が一定の細かい十字絣の総柄(亀甲、蚊絣が代表柄)の染めなどに使用します。
「手織り」
機織り前にヨコ糸を杼(ひ)の中に装着する管に巻く。地糸の場合はボビンから、絣糸の場合はめぐり枠から管に巻きます。少し水に通して湿り気を与えた糸を使用することで織り目が均等になります。
能登上布の織機は「バッタン高機」と呼ばれ奥行きが短く、地糸は、引き紐を引くことで「杼(ひ)」がとび、ヨコ糸を入れる仕組みとなっています。「バッタン」は、手投げで入れるより、効率的に織ることができます。(縞や無地の場合杼は1個、絣糸の場合は手投げで杼は2個になる)織りはじめの先端は昔から藁を使って留めます。経緯(タテヨコ)絣の場合、織子がタテ糸の絣位置に合わせ、ヨコ糸を通す位置を最終調整することで、美しく均整のとれた十字柄の絣が作られるのです。
山崎麻織物工房の新しい取り組み
着物の反物や帯だけでなく、和装小物から派生し、日常で使えるストール、バック、アクセサリーなども制作、販売。ファッション・小物ブランドとして、「RAMIE EPOCH」から昨年新しくリブランディングした「YAMAZAKI NOTOJOFU」を展開しています。また、今まで能登上布としてなかった約90cmの広幅生地を試織中。
今年、普段着としての需要掘り起こしをしていく中で、「凛装(りんそう)」というブランドを立ち上げ、シャツ、プルオーバー、ジャケット、パンツの4アイテムを展開しています。できるだけシンプルな衣のパターンで、羽織りやすい、畳みやすい、着物に近い感覚で、なおかつ楽に着られる商品展開を続けています。
また、近年は海外の展示会にも積極的に出品しており、2017年にはドイツ・フランクフルトでの見本市「Ambiente2017」に出品、2018年にはパリで行われている「メゾン・エ・オブジェ」などにも出展しています。
山崎麻織物工房|能登上布HP : http://notojofu.com/outline/
注1)「平成の百工比照」とは、金沢市政120周年記念事業として、加賀藩の文化奨励政策の象徴的存在である「百工比照」の現代版をめざし、平成21(2009)年度から金沢市と金沢美術工芸大学が共同で制作したものです。
「百工比照」とは、加賀藩五代藩主前田綱紀(1643年〜1724年)が作成した、さまざまな工芸資料を収集・整理・分類した工芸標本集です。「百工」は諸種の工芸の意味で、「比照」は比較対照するという意味です。
「平成の百工比照」は、「百工比照」の歴史的・文化的な意義を再認識し、その意義を現代に活かすこと、そして学術と産業振興の観点からの調査研究にもとづく現代版の「百工比照」を収集・公開・活用して、日本における工芸文化の継承・発展と伝統産業の振興に資することを目的としています。
REPORTER : TDA 産地教育委員会 大高 亨
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