REPORT_09 手の温もりを感じるエンブロイダリーレース 神奈川レース株式会社

今回は神奈川県愛甲郡愛川町にある神奈川レース株式会社を紹介します。

 すでに多くのメディアで取り上げられているのでご存知の方も多いかと思います。私が勤務する相模女子大学生活デザイン学科のテキスタイルの授業でも今年度からデジタル刺繍機を導入したこともあり、工場での実際の生産現場を見学させていただきました。

 車で向かう道中、相模川支流の中津川では鮎釣りをする人の姿もあり、美しい渓谷の景色が目を癒してくれます。都心からもそう遠くなく、生活するにもとてもいい環境です。今回は佐藤敏博さんに工場内をご案内いただきお話を伺いました。

 神奈川レースは昭和24年に小島繊維株式会社として創業。ゴム紐など細幅の織物を生産していました。昭和35年に厚木にてレースの生産を始めたのを機に現在の神奈川レースに社名を変更、昭和38年に工場を集約するかたちで現在の愛川町半原に移転しました。

 半原はその地形や地理的な条件にも恵まれて、日本を代表する撚糸の産地として発展してきた「糸の町」です。移転した当時は近隣にもレースを生産する企業は数件あったそうですが、現在神奈川県内ではここ神奈川レース1社を残すのみとなりました。

●制作工程


 まず、現物サイズのデザイン画を6倍に拡大しパンチングマシーンに設置します。デザイン画をもとに一針一針の動きをデジタイザーでプログラミングしていきます。作成したデータを見本刺繍機に入力してサンプルを制作します。クライアントとの打ち合わせにより検討、修正を繰り返し本生産に移ります。幅約14mのエンブロイダリーレース機に布地を張り、糸をセットして刺繍していきます。14mの生地に同時に刺繍されていく様は見応えがあります。最新の機械の3分の1の速度で針を進めることにより、やわらかな立体感のある刺繍に仕上がります。刺繍が施された布地は検反され、糸のほつれや縫い残しはミシンを使った手作業で補修されます。その後、不要な糸を取り除くシャーリングをして仕上げます。

約14mのエンブロイダリーレース機  神奈川レース株式会社HPより

見本刺繍機  神奈川レース株式会社HPより

検品、補修

●手の形跡を残す
 デザインを刺繍として布に施す際に、針を運ぶ順番やその幅、図形などの動きをデータ化する必要があります。この工程が刺繍の仕上がりを大きく左右します。30年前のPC、ソフトが今も現役で活躍しています。このソフトは同業者が共同で開発に携わり、使い勝手のよいものにしたとのこと。データ化されていく様子を見ていても直感的で、とても使いやすそうです。一気に素早く読み取り、効率良くデータ化できるソフトもありますが、手描きの線を生かすデザインではその良さは消えてしまいます。デザイン画の雰囲気やデザイナーの意図を汲み取りながらパンチングマシーンのデジタイザーを走らせていきます。

● 工場を見学するということ
 神奈川・東京などの美大や専門学校から見学も多いと伺いました。デザイン画をもとに、ひとつひとつの行程を経て刺繍された生地ができあがっていく生産の現場を拝見し、私も素直にやってみたい!と思いました。佐藤さんご本人も、高校生の時に近所にあった平岡レース(福島県川俣)の工場に見学に行き、そこで見た刺繍に興味を覚え、この道に進まれたということです。産地や伝統工芸の担い手が減少する中で、ものづくりの現場を実際に若い人たちに見学してもらうのは非常に有効だと感じました。

● ものづくりに対する思い
 帰り際、この道56年の佐藤さんに失礼ながら「大ベテランですね」と尋ねた私の言葉に対し「まだ幕下ですよ、十分だと思った仕事はないです」と言われたのが印象的でした。その言葉には向上心と謙虚さとがあり、いいものをつくりたいという気持ちに溢れていました。それが神奈川レースが今日まで皆の心を捉えるものづくりを続けてこられたひとつの要因ではないかと思います。

お話を伺った佐藤さん


REPORTER : 牛尾卓巳 (TDA執行委員)


参考資料
神奈川レース株式会社

愛川繊維会館ホームページ「糸のまち半原の歴史」





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