REPORT_20 鳥取県の弓浜絣の若き担い手、中村夫婦を訪ねる / 絣音工房・中村さゆり氏

 「鳥取県の弓浜絣の若き担い手、中村夫婦を訪ねる」/  絣音工房・中村さゆり氏

今回は国の伝統的工芸品に指定されている弓浜絣を紹介させていただく。弓浜絣は、鳥取県西部の弓ヶ浜地方で生産されているが、現在は数軒しか生産されておらず、中でも江戸時代に栽培が始まった「伯州綿」を手で紡ぎ、手括り工程を経て、天然藍を建てて糸染めを行う、そして高機の手投杼で絣模様を織り出す手仕事による絣は貴重なものである。


現在この工程作業を分業含め、全て行っている反物の製作に携わっている方は、4、5名ほどしかおらず、伯州綿の畑を持ち栽培し、すくもの天然藍を自ら建て、糸を紡ぎ、絣括りを行い、手機で織る全ての工程を一人で行っている方は、さらに少ない。その中の一人が「絣音工房」の中村さゆり氏である。さゆり氏はかつての私の教え子であり、大学卒業後に地元の弓浜絣の第一人者であった故嶋田悦子先生に弟子入り、研鑽を積み独立をする。さゆり氏の夫も弓浜絣の職人であり、「中村括り」という工房を立ち上げ、夫婦で弓浜絣の制作に励んでいる。


令和5年6月に私の本務校である金沢美術工芸大学のプロジェクト「平成の百工比照」のコレクション収集の為に現地に向かうこととなった。この弓浜絣の工程見本制作及び材料、道具等の提供には、さゆり氏だけでなく、夫の武志さんも快く協力してくださった。提供された工程資料は、①綿花、②繰り綿、③種、④紡錘状の糸、⑤車カセ、⑥型紙、⑦絵図台に張った種糸、⑧染め前の緯括り綛糸、⑨染め後の緯括り綛糸、⑩糸割り済み糸、⑪小管巻糸、⑫経糸40/2綛の白、⑬経糸40/2綛の紺、⑭製織布の計14点、その他にいくつかの弓浜絣の古布も入手し、「平成の百工比照」のコレクションとなっている。

弓浜絣は1975年に国の伝統的工芸品に指定されている。弾力のある伯州綿を手紡ぎした糸は膨らみがあり、手仕事でしか生まれない風合いを持ち、保温性に優れた織布となる。意匠の特色は、鶴亀や松竹梅などの吉祥紋様や、動物、幾何柄、草花や風景など、限りなく豊かな柄バリエーションがある。代々織り継がれてきた弓浜絣は、人の想いとそれぞれの時代が感じられる庶民の為の織物である。

工程見本の制作依頼と調査を兼ねて、鳥取の弓ヶ浜地方に出向き、様々な弓浜絣を見るとともに伯州綿の栽培されている弓ヶ浜半島を訪ね、米子市山陰歴史館の学芸員さんなどから伯州綿栽培の歴史資料や文化的資料なども拝見させていただいた。

弓ヶ浜が綿栽培に向いているのは水捌けの良い砂地であり、砂地は太陽の照り返しにより綿花が綿に変わる時も乾燥を促してくれる。そして、水やりのための綿井戸も多く掘ることのできる土地であったからである。山陰地方は、広瀬絣、倉吉絣など絣を織る技術が発達しており、かつては絣の名産地として名を馳せていた。そのうちの広瀬絣の工房である天野紺屋にも足を運んだ。

また古布の収集については、さゆり氏より山陰の絣蒐集家である村穂久美雄さんをご紹介いただき、おびただしい数の絣織木綿布を見せていただいた。その中から数点の弓浜絣を選び、「平成の百工比照」コレクションに加えさせていただいている。


産業としては厳しい状況である弓浜絣ではあるが、製作を続けていただく為にもまずは一人でも多く弓浜絣の魅力を知っていただくことであり、そのきっかけとなれば幸いである。

絣音工房、中村括り

天野紺屋

REPORTER : 大高 亨(TDA産地教育委員会執行委員)










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